当然の結果を受け入れさせることの意味について

選択理論・RTでいわれる、「当然の結果を受け入れさせる」ということの意味が、今ひとつ、よくわからないが、ここでは、社会のルールなどについて、次のように考えればいいのかなあということを、まとめてみた。

 

社会のルールや職場のルール、法のルールなどは、いわば、お互いの欲求を阻害し合わない為に、話し合われ、調整されて作られた、「みんなのルール」であると言える。

 

選択理論では、責任の概念を、「他人の欲求を阻害せずに、自分の欲求を充たすこと」ととらえており、この考え方からすると、上記のような「みんなのルール」に違反するということは、他者の欲求を阻害することにつながるので、選択理論的な責任を果たすためには、「みんなのルール」は守らなければならないということになる。

 

そして、ルールの適用、ルールに違反した場合の罰則の適用などにあたっては、強い外的コントロールを用いて適用するのではなく、当然の結果として、淡々と適用すべきということになろう。